それから

ちょいと読んでかない?

「センセイの鞄」川上弘美

センセイの鞄
センセイの鞄
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川上 弘美
平凡社
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実に良い。どれくらい良いかというと、こうやって感想を書いている時にも、ついつい川上弘美風の文体になってしまうくらい、良いのである。

主人公のツキコさん(37歳)は、ある日居酒屋でかつての学生時代の国語教師・センセイに再会し、ゆっくり、ゆっくりと恋に落ちていく。センセイはツキコさんより30歳以上年上の初老の男性で、このあらすじだけを読むとなんだか「大人の恋愛小説」という感じがするのだが、ツキコさんとセンセイの恋はくすりと笑ってしまうくらい、微笑ましくて、まるで中学生の初恋のようなんである。
二人がどこかに出かけたり、けんかしたり、分かり合ったりする様子を、その微かで温かな心の機微を、独特の柔らかい文章で綴っていく。それがもう本当にいとしくて、切なくて、美しいんである。

実は、初めてこの小説を読んだのは私が15歳くらいの時だった。だから、ツキコさんとセンセイの恋物語を読んだ当時の私は、「大人になっても恋愛ってこんなノロく進んでくのかよ、ちょっとめんどくさいな」などと思ったりした。

でもいくつかの恋をしてきた20代の今は、なんとなくわかるのだ。本当に他人を大事に思う感情を育てるには、たっぷりとした時間が必要だということを。
もちろん、一瞬にして燃え上がる炎のような恋や友情もあるにはあるのだろう。でも、それは何かの拍子に歯車がカチッと噛み合って起こる、滅多にない偶然のようなものだと思っている。
だって、それなりの大人になれば、紡いできた一人の人間の長い歴史があり、そこから成り立った性格だったり、人間の「クセ」みたいなものがあるはずだ。それを他人が理解し、受け入れるにはそれ相応の時間が必要なんじゃないかと。
ツキコさんとセンセイは、そういう時間を丁寧に過ごしたのだな、と感じた。そしてその時間は、私にとってとても愛おしいものだった。この小説の面白さの一つは、その時間を楽しむことにあるのかもしれない。

昼間に見る夢のように淡くやさしく奇妙な香りのするこの物語の中を、いつまでも漂っていたいと思う珠玉の一冊である。