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他人を加点方式で評価していたら痛い目に遭った話

以前、Twitterでこんなことを呟いたことがある。


私は加点方式で他人を評価する。今も基本的にはその姿勢は変わっていないし、これからも変わろうとは思わない。思わないんだけど、加点方式で生きていると、それなりに弊害がある。そして多分、その弊害は減点方式の人のそれよりかなり心にダメージを喰らう。それはもう、グサグサと。

「人の良いところを見る」というと聞こえはいいけれど、逆に言えばそれは「人の悪いところを見つけるのが下手」ということにもなりかねない。
「人の良いところを見つけつつ、悪いところは悪いところで見つけ、さらには上手に指摘する」というバランスの取れた生き方が出来ればいいのだろうけど、人間そんなに上手くはいかない。だから、私は人の良いところに目が眩んでその人を甘やかしてしまい、結果的には自分が傷つけられ、疲弊させられていた、というパターンに陥ってしまうことが度々あった。

ある時期、とても仲良くなった女の子がいた。その子は美人で、人当たりが良くて、話が面白かった。一緒にいるといつも腹が捩れるくらい笑い合える仲だった。いい大人になっても、「箸が転んでもおかしい年頃」を体験出来る、数少ない友だちだと思っていた。
とは言え、彼女にも欠点はあり、異性関係に多少ルーズなところがあった。けれど、同性の私にとっては直接的な害はないし、恋愛などというものは当人同士の問題によるところが大きいので、それは私が四の五の善悪をつけるほどの問題ではないと感じていた。

ある日、私はその子を私の男友達に紹介した。美人で面白い彼女を紹介すれば、喜ぶだろうと思ったのだ。
失敗だった。
彼女はその男友達の恋心を、とても残酷な方法で傷つけてしまった。
私は呆然とした。世の中にこんなに人の気持ちがわからない身勝手な奴がいるのかと、怒りを通り越して感心すらするくらいだった。馬鹿だろ、自分。

このことは、私が加点方式の人間であることと無関係ではない気がする。私は彼女と一緒にいる楽しさに目が眩んで、彼女を減点することを怠ったのだ。これは申し訳ない。男友達に申し訳なさすぎる。一番傷ついたのは彼の心だということに疑いはないのだけれど、それでも私の心だって傷ついた。多分、男友達とは違う角度で見えない刃物が心に刺さった。

こういったことがあって、私の考えは少し変わった。
「減点すべき時はちゃんと減点せえよ!自分!」
と、新しい人に出逢う度に自分に言い聞かせるようにしている。
過度な減点はもちろん考えものだけれど、他人に対する必要な減点というのは必ず存在するのだ。減点しすぎた結果、あまり相手と関われなかったりしても、傷つけられることはないのでそれほどダメージは受けないが、加点しすぎた結果、必要以上に相手と関わり、突如として傷つけられた時のダメージは計りしれない。HPがゼロすれすれになる。
とはいえ、人はそう簡単に変われないもので、慣れ親しんだ加点方式は今でも私の性格の一部として染みついてしまっている。「騙すより騙されろ」精神とも言う。ああ。

件の男友達は今、新たな幸せを見つけている、それだけが唯一の救いである。多分、新しい恋が彼の心の刃物を取り去ってくれるでしょう。結局、ブログでこんなことを書いている自分だけが心に刃物が刺さりきったままなんだろうなあ。

バランス良く生きたい。切実に。