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Mr.Childrenの「つよがり」は優しい男の歌じゃない

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Mr.Children
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正確に言うと、「優しい"だけ"の男」の歌じゃない、といったところか。

「ミスチルの『つよがり』って曲がね、まるで君のことを歌ってるみたいなんだ」
昔つき合っている人に言われた言葉である。言われた当時も「何クサいこと言っとんねん」状態だったのだが、文章にしてみると虫唾が走るほどである。すまない。
とは言え自分みたいな女性が登場すると言われたら、ちょっと聴いてみたくもなる。
さっそく聴いてみた。なるほど、彼がクサいことを言いたくなるのも少しわかる気がした。

凛と構えたその姿勢には古傷が見え
重い荷物を持つ手にもつよがりを知る

私はつき合っている時、彼に真正面から頼るということをあまりしなかった。
だから彼はこの部分に私を投影したのだろう。それはわかる。
けれど私は最後のサビの歌詞を聴いた時、「おいちょっと待て」と思った。

たまにはちょっと自信に満ちた声で
君の名を叫んでみんだ
あせらなくていいさ 一歩ずつ僕の傍においで
そしていつか僕と 真っ直ぐに
向き合ってよ 抱き合ってよ
早く 強く あるがままで つよがりも捨てて

この歌の男、実に身勝手である。
優しさの皮を被った身勝手男である。
「あせらなくていいさ」と言って「早く」と急かす矛盾。
しかも「一歩ずつ僕の傍においで」である。
おい、お前が来いや。
この歌の中の男は、一見優しいように見えてかなり自分本位な男である。

けれど、私はこれこそが桜井和寿という人の凄いところだと思った。
優しいだけの男の歌詞なら誰でも簡単に書ける気がする。そうじゃなくて、桜井さんは優しさの中にとてもさりげなく身勝手さを滲ませた歌詞を書いたのだ。それは「人間を書いている」ということじゃないだろうか。
私はそのことに気づいた時、なんだかとても嬉しい気持ちになった。歌の中に人間がいるという喜びが、私を嬉しい気持ちにさせたのかもしれない。

Mr.Childrenが世の中の多くの男性に愛されているのがとてもよく理解出来た。
男性はMr.Childrenの曲の中に「自分」を見る。
優しいけれど自分本位になってしまう、弱い自分を。
そう考えると、逆につよがっているのは歌の中の男の方じゃないのか?
奥深くなってきた。何だかこの男が愛しく思えてきた。
誰かこの男のつよがりに手を差し伸べてくれ。
女性である私にそんな気持ちを抱かせてしまう、そんな桜井さんの才能にはただただ感服するのみである。こうやって男性の闘っているものや背負っているものについて考えることが出来るのも、Mr.Childrenの曲の醍醐味と言えるだろう。

と言いつつも、女性の立場からすると「優しいだけのふりして弱い自分に酔ってんじゃないよ!」と言いたくなってしまうのも事実。可愛らしくつよがってばかりもいられないのである。
そこんとこは、まあ、お互いさまってことで。