それから

ちょいと読んでかない?

傷つけられたことよりも、傷つけたことをーー私のいじめの話

先日のことだ。
私は母の運転する車に乗って、祖父の入院している病院へ向かっていた。その道中でとある家を通り過ぎる時、母が言った。
「ほら、ここ、○○ちゃんの家よ」
○○ちゃんとは、私の小中学校の同級生のことである。その家は、とても大きくて立派で、真新しいピカピカの壁をしていた。二十代にして大したものである。風の便りで、彼女はすでに結婚しており、二人の子供がいると聞いていた。

私は小学生の頃、彼女にいじめられた。

今でも、鮮明に思い出すことが出来る。
小学六年生の時だった。それは突如として始まった。それまで私と仲の良かった4、5人の女子たちが、私を無視したり、持ち物を隠すようになった。きっかけや理由なんて覚えていない。そもそも、そんなものはなかったんじゃないかと思う。彼女達は息をするように、私をいじめた。その中心にいたのが、件の彼女だった。
体操服を入れていた袋がチョークの粉まみれになっていた。
机の中にはひどい悪口の書かれた紙が何枚も入っていた。
昼休みに私がトイレから教室に戻ろうとすると、入り口に一人の女子が立っており、私を見て、「あいつ来よったー」と室内に向かって言った。教室では、別の女子が私のランドセルをどこかに隠そうとしているところだった。見張りを立ててまで、そんなことをしようとしていたのだ。

いじめは三カ月近く続いた。思い返して数えてみると、三カ月くらいになる。
そうか、そんなに短かったのか。私は驚いた。もっと長い期間だと思っていた。それくらい心に傷を負っていたということなのだろう。永遠とも思える三カ月だった。

いじめは始まった時と同じように、突然終わった。
ある日の放課後、学校から帰ろうとする私に、件の彼女ともう一人の女子が急に近づいて来て、「今までごめん~☆」と盗んだ私の文房具を返して来た。そして、「ココルカちゃん強かったよね、うちらがいじめてても学校ちゃんと来てさ☆」と私を褒めた。
私は咄嗟には言葉が出なかった。何と言っていいのかわからず、苦笑いを浮かべた記憶がある。

私のいじめは終わった。私はほっとした。これでまた普通の学校生活が送れると思った。
でもそれは違った。件の彼女とその仲間たちは、今度は私ではなく、別のAちゃんという子を無視し始めた。Aちゃんもまた、それまでは彼女達と仲良くしていた者の一人だった。
ターゲットが変わっただけだったのだ。

私の心に、ほぼ迷いはなかった。
「ここで私もAちゃんを無視しなければ、またいじめられる」
だからAちゃんを無視した。Aちゃんが親しげに話しかけてきても嫌そうな態度を取った。その時のAちゃんの戸惑うような寂しげな顔を、今でも私は思い出すことが出来る。眠れない夜に思い出して、声に出して謝ることがある。
幼い私が犯した罪だ。私は小学校卒業までの約半月、Aちゃんを無視し続けた。

卒業とともにいじめは自然消滅し、私たちは中学校に進学した。
そして、中学校では、何事もなかったように振る舞った。仲良く一緒に過ごしたりはしないけれど、「小学校で仲良くしていた友達」という、つかず離れずの距離を保って、時々楽しくおしゃべりをし、平和に過ごした。
そして大人になった今は、会うこともない。

これが私のいじめの記憶だ。

私には、ここに、自分がいじめられていたという事実だけを書くという選択肢もあった。
その方が自分が被害者でいられるし、いじめを糾弾するにも都合が良い。
けれど、それはフェアじゃない。私はあの時、確かにAちゃんを無視したし、Aちゃんの心を確かに傷つけた。そして何より、私は自分が傷つけられたことよりも、自分がAちゃんを傷つけたことの方に今でも心の痛みを感じている。どうしてかはわからないけれど、Aちゃんのことを時々思い出しては胸が痛くなる。

私は、傷ついたことよりも、傷つけたことを覚えている、そういう人間でいたいと思っている。
もちろん、人を傷つけないのが一番であるけれど、もしも人を傷つけてしまうようなことがあったら、それを死ぬまで覚えていたいと思う。それが私の決めた、償い方だから。
そんな人が増えたら、もしかしたら世界はもっと平和になるんじゃないか、と結構本気で思っている。

私をいじめていた彼女は、あの大きな真新しい家の中で、二人の子供にどんな話をしているのだろう。
まさか自分がかつていじめをしていたことなんて話していないだろう。いや、話すどころか、彼女の記憶の中からそれは抹消されているに違いない。平気な顔をして、「いじめなんてしたらダメよ」と、もっともらしいしつけをしているんじゃないか。彼女ならそれくらいのことは出来そうだ。

それでも私は願う。彼女の二人の子供たちが、どうか誰かをいじめることがありませんようにと。友達と笑い、穏やかな人生を歩みますようにと。
私は彼女と彼女の家族の不幸を願うなんてことはしない。私がどんなに過去に囚われようとも、それだけはするまいと、心に誓っている。
だってそれが、私と彼女の違いだと、信じているから。
そしてそれがこのどうしようもない世界を、ほんの少しだけ平和に近づけると、信じているから。