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フミヤくんの時間差攻撃ーーバレンタインの思い出

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バレンタインデーの思い出でも記そうかな、と思う。

私が男の子に初めてバレンタインのチョコをあげたのは小学2年生の時である。相手は同じクラスのフミヤくん(仮名)という男の子で、特に勉強やスポーツが出来るわけでもない、小柄でまばたきの多い可愛らしい男の子であった。

バレンタイン当日の放課後、いったん自分の家に帰ってから、同じくフミヤくんにチョコをあげる友達と待ち合わせし、フミヤくんの家に直撃した。私の地元はかなりの田舎で、しかも小学4年生までは自転車に乗ってはいけないという規則があったから、徒歩での直撃である。私の家とフミヤくんの家は子供の足で歩いて1時間半くらいはかかる距離であり、かなりの長旅であったと記憶している。

フミヤくんの家に着くと、まずフミヤ君のお母さんが私たちを出迎えた。優しそうなお母さんに呼ばれて少しかったるそうに家の奥から出てきたフミヤくん。
「チョコあげる!」
そう言って私と友達が差し出したチョコレートを、「ありがとう」と小さく呟いて受け取るフミヤくん。それから特に劇的な告白が始まるわけでもなく、私たちはフミヤくんの家を後にした。

まあ、こんなもんか。小学2年生の私はそう思ったのだったか。今の小学2年生のことはよくわからないけれど、当時の小学2年生なんてこんなもんである。1人ではなく友達と2人での直撃だったし、特に好きだのなんだの言った訳でもない。だからといって、義理チョコだったわけではない。前日の夜に母と一所懸命作った本命チョコである。それでも、その先に何かがあるわけじゃない。子供ってそんなもん。そんなことが当たり前だった子供時代。その先に何もないことって大人になってからもあるけれど、子供の時とは随分違うよなあ。子供の時の「その先に何もない」、のなんと美しいことか。

そんなわけで特に何もなく終わったバレンタイン当日だったが、後日、私は母からこんなことを聞かされる。それはバレンタインデーの熱などとうに温くなった頃のことであった。
「フミヤくんのお母さんとこの前話したんだけどね」
母はそう言って話し始めた。
「フミヤくん、チョコ美味しそうに食べてたってよ。でもね、あなたからもらったチョコすぐには食べなくて、しばらく大事に冷蔵庫の中にしまってたんだって。食べるのもったいなかったみたい」

その時小学2年生の私が母にどんな感想を言ったのかはまったく覚えていない。だが、今この話を思い返してみると、その話を聞いた時の気持ちが蘇ってくる。なんだかとても温かいような、くすぐったいような気持ち。それはたぶん、簡単に言えば「嬉しい」ってことなんだろうけど、それよりももっと、小さくて、可愛らしい気持ち。
そして、バレンタイン当日、チョコを渡した時に大喜びされるよりも、数倍嬉しかった。

その後、フミヤくんとは小学6年生までずっと一緒のクラスで過ごした。特に何もなかった。何もなかったけれど、今でも私の中でフミヤくんは、私の作った明治の板チョコを溶かして固めただけの岩みたいに固いチョコを頬張りながら、眩しい笑顔を見せてくれている。