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この世の言葉にない感情ーー「あいという」plenty

Sound Film Track「あいという」
plenty
headphone music label (2011-12-07)
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愛の始まり、もしくは愛の終わりを歌った曲はこの世にたくさん存在する。愛の始まりと終わりは確かに鮮やかだ。否が応でもビビッドで、強い感情を胸に焼き付ける。だけど実際には、愛の周りにはもっとたくさんの感情があって、それは12色のクレヨンよりも24色の絵の具よりも多くの色をもっているのだと思う。その感情には名前がない。「愛」という言葉では表せない無数の感情が、この世には確かに存在する。

plentyの「あいという」という曲を聴く時、私はその名もなき感情たちのことを思い出す。

君なら何という 僕なら何という 誰かはあいという
今はまだ叶わない
すれ違う
君ならどうする 僕ならどうする
ゆくあてのない
あいというには まだ揃わないとしても
あいというには

柔らかな日本語で綴られる歌詞を、江沼さんの少年のようにも少女のようにも聞こえる繊細な声が引き立てている。弱い雨の中で戸惑いながら立ち尽くしているような、そんな淋しい気持ちになる。

その気持ちは、「好き」という言葉はないけれど、キスをして、抱きしめられている時に感じる気持ちととても良く似ていた。
今、私には好きな人がいて、その人から「好き」という言葉をもらったことはない。
「私のこと好きなんですか?」
思い切ってそう訊ねてみた時も、彼は曖昧に笑うだけだった。言葉を欲しがる私には、彼の気持ちがわからなかった。私は、私たちの関係がすぐに「愛」という言葉を持つ感情になることを望んでいたのだ。

けれども、彼にとっては私との関係は、まだ「愛」というには「揃わない」ものだったのかもしれない。plentyの「あいという」を聴きながら、そんなことに気づかされた。
ただ、そのことに気づいたからといって、この先どうすれば良いのかはわからないのだけれど。でも、この曲はその私の戸惑いさえも優しく切なく包み込んでくれる。その素晴らしさを表現する言葉が見つからない。そう、この曲には本当は言葉は要らない。

人間の感情は様々だ。人類が誕生してから何百万年の時が経っても、言葉で表現出来ない感情がこの世にはこんなに溢れている。それをメロディと歌詞という魔法を使ってplentyの「あいという」は教えてくれていると私は感じた。わかりやすいラブソングが氾濫している日本の音楽シーンの中で、この曲は私にとって最高の名もなき感情を歌った曲だ。そんな曲が、これからもたくさん生まれてくれるといいなと思う。
そうすれば、この私の中の名もなき感情が、少しだけ報われる気がするから。