それから

ちょいと読んでかない?

床の色と前髪と天井

床の色を変えろ、と、村上春樹の「風の歌を聴け」のように言ってみる。最近、六畳一間の床の色を変えた。と言っても、賃貸なので「置くだけフロアタイル」なるものを敷き詰めただけである。だけであるが、冴えない茶色い床がホワイトオークの床になっただけで少し私の気分も明るくなった。床の色は絶大である。風の歌のように。

風の歌を聴け」を初めて読んだ時の衝撃を私は今でも鮮やかに思い出すことができる。それまで自分が読んでいた小説というものの概念を覆される思いがした。そういう体験は人生でそう何回もあるものじゃない。村上春樹の作品中でいちばん繰り返し読んだのは「ノルウェイの森」でも、いちばん印象に残っているのは「風の歌を聴け」で間違いない。

そんなことを考えながら、今日は美容院に行って前髪を切ってもらう。気さくな担当美容師の腕にはハサミのタトゥーが入っている。前髪を切ってもらうだけなのになんやかんや髪について相談する。視界が良好になって満足する。美容院から2km歩いて家まで帰る。床の明るくなった部屋で来週のデートの店の予約を入れる。デートの数だけが無数に増えていくのはどうしたものか。何かいい音楽を摂取したくてハンバート ハンバートの「天井」を聴く。この歌の中の主人公はとなりに一緒に寝る人物がいながらもどこか孤独感を抱えているのが切なくていい。眠れなくてじっと天井を見ている気持ち。横では健やかに他人が寝ている気持ち。私には主人公の気持ちがわかる。とても良く、わかる。