それから

ちょいと読んでかない?

宝物のような写真家ーーソール・ライター

あなたは写真を撮られることが好きだろうか?
私は控えめに言って大の苦手だ。嫌いだと言ってもいい。そもそも、被写体として写真のプロでもない人に自分の一瞬の時間を切り取られるのが好きじゃない。その理由には大きくふたつあって、


その1. 思い出を写真という形で残すことに絶望的に興味がない。
その2. 誰かが切り取った一瞬の自分の容姿が知らないところで知らない誰かに評価されるのがいやだ。


……中二病か。中二病のにおいがするぞ。
しかし本当なんだから仕方がない。


まず、1については家庭環境も影響しているのかもしれない。振り返ってみると、実家には「アルバム」というものが極端に少ないし、思い出として写真撮っておこうという習慣がないのだ。その証拠に祖父が亡くなった時は遺影を選ぶのに苦労したくらいだ。選択肢がなさすぎて。だけど父と母も、特にそれを悪いこととも思っていないのだった。思い出や出きごとは自分の心に刻め。別に言われたわけじゃないけど。たぶんそうなんだ。

2については……あれなんですよ。良く友だち同士とかで、「彼女ができた」とかって話題になったら、「じゃあ写真見せて」ってなるじゃないですか。その時に、自分の知らないところで自分の彼氏が自分のいけてない写真を知らん男に見せてるかと思ったらすごいやなんです、私。自意識過剰だろ、そうだよ悪いか。
でも、自分の知らないところで自分の肖像の評価が一人歩きしていくことがどうしてもむず痒いというかいや〜な感じがするんです。だから写真を撮られることが嫌いだ。


そんな私でもですね、ソール・ライターがもし写真を撮ってくれたんだったらどうぞどうぞ見てくださいって全世界にひけらかしますよ。それくらい世界で一番好きな写真家の展覧会に3年ぶりに行ってきました(前置き長すぎ問題)

www.bunkamura.co.jp

ソール・ライターは1923年生まれのアメリカの写真家です。2013年、89歳で亡くなりました。元々は画家を志していたようですが、絵だけでは生計を立てられないソール・ライターはやがて1950年代から『ハーパーズ・バザー』、『ELLE』、『ヴォーグ(英語版)』など多くのファッション誌でカメラマンとして活躍するようになります。


日本でその名が知られるようになったきっかけは2017年、Bunkamura ザ・ミュージアムで開催された日本初の回顧展でした。なぜ自分がこの展示を見たのかはもはや覚えていないのだけど、とにかく静かな衝撃を受けたのを覚えている。


先ほど、ソール・ライターは多くのハイ・ファッション誌で活躍したと言ったけれど(もちろんそれらの写真も素敵なのだけれど)、ライターの本質はニューヨークの何気ない風景や市井の人、そして自分の大切な人を捉えた写真にこそ最も現れているのだよね。


どうしてこんな画の切り取り方ができるのだろう、こんな一瞬を見つけられるのだろう。絵を描くのとは違い、目の前にある現実をフィルムに焼き付ける写真という芸術は、きっと制限の多い芸術なんじゃないかと思うのだけど、ソール・ライターにかかればそんなことはひとかけらも感じさせないのだ。まるで絵を描くみたいに(そうだ、この表現がぴったりだ)すてきな、そしてちょっとおかしみのある瞬間をそこに出現させてみることができる。

永遠のソール・ライター

永遠のソール・ライター

All about Saul Leiter  ソール・ライターのすべて

All about Saul Leiter ソール・ライターのすべて

  • 作者:ソール・ライター
  • 出版社/メーカー: 青幻舎
  • 発売日: 2017/05/16
  • メディア: ペーパーバック
今回の展示が前回と少し違ったのは、よりソール・ライターの人となりにフォーカスを当てていたこと。特にライターのセルフ・ポートレート、妹・デボラのポートレート、長年のパートナー・ソームズのポートレートを特集したコーナーはよりライターのパーソナルな部分を浮き彫りにしていた。


特に2歳違いの妹・デボラを撮影した写真は私の心を捉えて離さなかった。厳格な家庭で育ったライターにとって、デボラは唯一の理解者で初めてのモデルだった。けれどデボラは20代で精神障害を患い、亡くなるまで施設で過ごしたという。展示ではおそらく精神を病む前のデボラの、明るくもどこか寂しげな笑顔がいくつか並んでいて、その後の彼女を思うとなんとも言えない切ない想いに駆られた。彼女の存在は、少なからずライターの作品世界に影響を及ぼしていたに違いない。こんなに切ないポートレートを、私は生まれてはじめて見た。


もしソール・ライターに写真を撮ってもらえたらーーたとえライターが生きていたとしてもそんなことは叶わないのだけれどーー私はそれを全世界にひけらかすなんて冒頭で書いたけれど、やっぱり違うかもしれないな。私はそれを誰にも見せないで、にやにやしながら部屋に飾ったり、手帳に入れて持ち歩いたりするかもしれない。


誰にも見せたくないものには二種類あるんだ。
自分が嫌いなもの。そして自分が本当に大切にしたい、誰かに教えるのがもったいない宝物のようなもの。
ソール・ライターの写真には後者の趣があるから、私は大好きなのです。
全世界で愛されているのに、私だけの宝物のように思わせてくれる写真家、それがソール・ライターなんじゃないだろうか。
宝物のような体験を、ぜひ、あなたも。


『ニューヨークが生んだ伝説の写真家 永遠のソール・ライター』
開催期間:2020/1/9(木)~3/8(日) *1/21(火)・2/18(火)のみ休館
開館時間:10:00-18:00(入館は17:30まで) 毎週金・土曜日は21:00まで(入館は20:30まで)
会場:Bunkamura ザ・ミュージアム