それから

ちょいと読んでかない?

大人も悩みながら生きていく――「大人は泣かないと思っていた」

大人は泣かないと思っていた

大人は泣かないと思っていた

主人公は同年代・独身、舞台は私自身の地元九州の田舎町がモチーフということもあって非常に刺さりました。


この物語の舞台になっている架空の町「耳中市肘差」って、私の地元とものすごく似ていてリアリティが半端なかった。
元々は「郡」だった町が市に吸収されて元から「市」に住んでいる住民から「田舎」だと軽く馬鹿にされているところとか、それをくだらないと思っている主人公とかめっちゃリアル。
それから、主人公の親友の彼女が離婚歴があって年上だから結婚を反対されていたり。「とにかく子供を産むなら若い人のほうが良い」って理由で。
わかる、わかるよー、くだらないよね。いつの時代だよって話だよね。でもこういうことってまだ確実にあるんだよ2019年の今でもね。


この小説のテーマのひとつって、こういう古い風習にどう抵抗していくかってことだよね。「抵抗」というとなんだかそぐわないかな。でも「折り合いをつける」とは違う。
彼ら・彼女らなりのやり方で爽やかに「NO」と宣言している様が、激しくはないのにかっこよくて。


特に、主人公・翼の親友、鉄也の恋人の玲子さんが、鉄也の父親に物申すシーンはスカッとしました。
「女だからこうしなければいけない」という考えの男たちにきっぱり言い返せる玲子さんは素晴らしいです。
それをかっこいい、好きだ、と思える鉄也も。


かと思ったら後の章で鉄也の父親視点の物語も描いてみせたりして、唸らされました。
たぶん鉄也・玲子さん側からの章だけだったらこんなにぐっとこなかったと思う。
玲子さんや翼の抵抗を見て父親に起こった小さな小さな心のさざなみが私には嬉しくてたまらなかった。
ひとつの視点だけではなく、別の視点から描くことで物語が上下左右にじんわりと温かく広がっていってました。


そしてもうひとつ印象に残ったのが、
翼が鉄也と小柳さんから言われた、「お前(あなたは)先のことばっかり見すぎる」ということ。


正直、ぐさりときました。
私には今つきあってる人がいるんだけど、結婚の話はまだしていない。
なのに、「彼はどうせ私なんかと結婚してくれないんじゃないか」とか、「彼はそこまでお金持ちじゃないから将来幸せにはなれないんじゃないか」とか、起こってもいないことを色々と心配する癖がついてしまっていたのだ。そして目の前の彼との時間を大切にすることを忘れていた。
確かに計画性をもって生きることは大切かもしれないけれど、目の前の一日一日を丁寧に積み上げていくこともまた大事なんだと、この小説を読んでハッとさせられました。


一緒にいられることは奇跡だから。
今大切にしたい人との時間を大事にしたいと思わせてくれる、素敵な小説です。

内容紹介(Amazonより引用)
時田翼32歳。九州の田舎町で、大酒呑みで不機嫌な父と暮らしている。母は11年前に出奔。翼は農協に勤め、休日の菓子作りを一番の楽しみにしてきた。ある朝、隣人の老婆が庭のゆずを盗む現場を押さえろと父から命じられる。小学校からの同級生・鉄腕が協力を買って出て、見事にゆず泥棒を捕まえるが、犯人は予想外の人物で――(「大人は泣かないと思っていた」)。
小柳レモン22歳。バイト先のファミリーレストランで店長を頭突きしてクビになった。理由は言いたくない。偶然居合わせた時田翼に車で送ってもらう途中、義父の小柳さんから母が倒れたと連絡が入って……(「小柳さんと小柳さん」)ほか全7編収録。
恋愛や結婚、家族の「あるべき形」に傷つけられてきた大人たちが、もう一度、自分の足で歩き出す姿を描きだす。人生が愛おしくなる、始まりの物語。