オンライン帰省ーー平面の父と「その時」
とにかく正月休みでやることがないので、せっかくはてなブログPROにして毎年お金を払っているんだし、ブログを連続投稿してみる。だからといって急に面白いことが書けるわけではないんだけれど、別にそれは良くて、今はブログを書くという行為そのものに意味があるのだから良いのだ。
今日は「オンライン帰省」なるものをした。昨年のゴールデンウィークに続きこれで二度目。父とSkypeを繋いで1時間くらい喋る。中身は前回と大体同じ。父による現在の日本および世界の政治情勢の解説になる。今回はバイデンとトランプの違いと、父が思う菅首相の行動規範について。オンライン帰省で父と娘が話す事柄か? まあいい。父が生き生きとしているしこちらも勉強になることが多いので単純に面白い。
Mac Book Air 11 inchの中に収まった平面の68歳の父は、多少白髪が増えてはいるけれどまだまだ元気そうで、最近は長年嗜んでいた煙草もやめたそうだ。ただ、もし突然父に何かがあってこの世から去ってしまった時には、私が見た父の最後の姿はこの平面の父なのだなあ、とぼんやりと思った。
母に至っては脚が悪く、Wi-Fiが飛んでいる二階まで登ってこれないとかでPCの前にすら現れなかった。だから電話の声しか聞いていない。はしゃぎながら最近のお笑いではぺこぱとEXITが好きだとか言っていたけれど。
親が年老いてくると、そしてこうして1000kmほど遠く離れて暮らしていると、「その時」のことをどうしたって考えてしまう。時々、いつでも短時間で駆けつけられる距離で家庭を築いた姉を羨ましく思う時がある。故郷を離れる選択をしたのは自分自身だというのに。そして、父母の住むあの土地では絶対に暮らしてなどいけないと私自身が一番わかっているのに。
元旦からなんだか湿っぽい文章を書いてしまったけれど、大人になるとはこういうことなのだろう。平面の父が「バイバイまたね」と笑いながら両手を振る姿を見ながら、これが最後にならないように、と私はいつも願っている。